感情的にならず、意味の吟味をする

意見

書いてあることや述べていることを分析しよう。そして自分は、相手のことを傷つけないように。

 

ある時、LINEでこのようなことを運営に問い合わせてみた。

「どこでこのようなモニターを集めていたのでしょうか?」

ぼくも運営が集めていたモニターに参加したかったなあ、とおもって、聞いてみたのだった。

 

そうしたら、こんなふうに返ってきた。

「それは公開する義務がありますか?」

 

おいおい、義務って…。

 

運営の「義務ですか?」という返しはおかしいと感じる。
というのも、「義務」というと、かなり強制的・強引的な意味であり、私はとくに強引に聞きだそうとしていなかったからだ。

 

私は単に「〜ですか?」という質問をした。これには「絶対に答えろ」という暗黙の前提はなく、「可能であれば答えてほしい」が前提であるように文章的には思うのだ。

たとえば、「あなたは晩ごはんを今日たべますか?」であれば、たべるかどうか分からなければ「うーん、分かりません」や、答えたくなければ「答えたくないです」(いずれも、答えることが可能ではない)となるでしょう。

また、決まっていれば「今日はハンバーグをたべます!」(答えることが可能である)となる。

義務の例としては、「今日の晩ごはんはなんだ?答えなさい」と、当為(〜べし)で聞く質問だ。これなら「それを答えることは義務か?」と返しても違和感はない。

 

ただし、質問にたいして「チッ、答えなきゃいけないのかよ!?」と気分を害するのであれば、この限りではない。「それは義務か?」と返してもおかしくはない。

いや、おかしくないというよりかは、怒りな感情がわき起これば相手に反発するのは当然であるはずなので、気分を害したなら意味を深く考えずに相手に歯向かうような言葉(この場合は「義務か?」という返し)はしょうがないのかもしれない。

 

ただ、私はグサッと心にきた。傷ついた。

私は他者を傷つけたくない。だから、私は相手にかける言葉には気をつかう。

たとえ、気分が害されても、仕返しにストレートに言わずに冷静さを保ち、言葉をえらんでその場を回避する。

 

じつは今回も「義務なんて言ってねえわ!」と言い返そうとしたが、ひと呼吸おき、「あ、質問の仕方がまずかったです」と言い、回避した。

 

ということで、教訓。

①言っていることを相対化し、分析しよう。

相手のことをなんでもうのみにしていると”ヤケド”する。一度発言を受けとめつつも、「その言っていることはこの場において正しいのか?」を考えよう。

 

②冷静さを保とう

感情的になって発言すると相手が傷つく。自分が傷つけられたくなければ、まずは自分が傷つけないようにしよう。発言するときは、できるかぎり「発言は適切か」を判断できるように心がけよう。



ところで、コメントは気軽にどうぞ!
ひとつひとつに目をとおし、返信しますので!

「コメントで質問してなにも返ってこなかったらどうしよう」
「ほかの人にみられるのは恥ずかしい」

とかおもわなくて大丈夫です(笑)

「生」を活性化させて、人生を充実させるコミュニティ

・なんのために生きているのかわからない
・やりたいことがない
・なんで、生きてるんだろ
・人生の時間をムダに過ごしている気がする

そんな、無気力におちいっているあなたの人生―生―が能動的になり、「生」が活発化し、人生が充実したら。

人生に対して無気力な原因は、原理原則ベースに「生」の在り方を考えていないことなのです。

ぼくが主催するメルマガ(LINE@)コミュニティでは、原理原則ベースに「生」の在り方を考えるための情報を提供することで、あなたの人生を充実させるお手伝いをします。

ぼくたちと一緒に、無気力な受動的「生」から能動的「生」へと発展させ、より良い人生をもとめていきましょう!

今なら、「生」の在り方を考える第一歩として、「自分」を知るための教科書『「好きなこと/やりたいこと」の見つけ方』を無料でプレゼントしています。

ただし、3万字ほどありますので、気づいたら夜が明けていたなんてことにならないようにお気をつけください(笑)
友だち追加

プロフィールと活動目的

ぼくは、「あること」を始めとして、
人生がどうあろうとも事態を受け入れられる、
強固なマインドを手に入れることができました。

さらに、どうすれば人生を充実させていくことができるのかも分かるようになりました。

おかげで、能動的に人生を生きて人生を充実させていくという、確固たる自信がつきました。

今では、「生」を活発化させて人生を充実させていこうと努力しています。

でも、昔は、自分に対してなにも自信はなく、受動的な人生でした。

すべては親や周囲の言いなりで、クソつまらない人生でした。もう、過去には戻りたくないですね。

では、その「あること」とは一体何なのか。

それは、

原理原則ベースに「生」を複雑化させる

ということです。

はい?なんだそりゃ?

ちょっと説明すると、

・原理原則ベースとは、自分という人間のあり方のことです。

・「生」とは、
人生、生きることの意味、人間的生命、
といった、静的ではない、
動的な生命活動をあらわしています。

・複雑化とは、単純ではない、受動的ではない、スキルとチャレンジの発展をあらわします。

 

原理原則ベースに「生」を複雑化させるために、このブログでは

「考え方」を知る
「生き方」を知る
「自分」を知る
「本」を読む

ための情報発信をしています。

ぼく自身も、本を読みつつこれら3つの情報・知識を高める努力をしています。

「生」を複雑化させることこそが、人生を満足に生きるための最高の方法であるからです。

 

さらなるぼくのプロフィールと、「生」の複雑化についての想いなどの詳細コチラから。

理念とストーリー