ブランドよりも、内容を。【幸せは、主観に依存するもの。】

意見

ぼくが予備校で浪人していたとき、やたらと「ブランド」にこだわっている人がいた。

その人はセンターちょっとだけしくじって、でもブランドがほしくて、神戸大学に行った。

センター後にチューターに「ブランド」をやたらと強直して言っていたのを思いだす。

 

ん〜、ブランド、そんなに大事なのか。

 

ぼくはそんなことを思った。

 

また、同じく浪人している人で、高校からの知り合いだった人は「机の上に東大やら京大やらの旧帝大の赤本ならべて〜」と言っていた。

 

へー、そうなのか。

 

私の両親は、私に良い大学(旧帝大)に行ってほしかったらしく、センターでコケたことを伝えたらすごくショックを受けていた。

母には「人生なにもたのしくない」なんて言われた。

 

しるかよ、オレの人生だろ。

 

やたらとブランドにこだわる人多いなーって、浪人しているときに感じた。

ぼくは確かに、旧帝大を目指して浪人した。

だが、ぼくの目的は、その大学は宇宙に関する講義や宇宙に関する研究室がとっても多く、天文学者になるにはとてもいい環境だとおもったからだった。1)ぼくは高校のときに天文学者になりたいとおもって本気で受験勉強してた

でも、途中で地方国立大学のほうが宇宙に関するカリキュラムがうらやましく充実していることを知り、「もはや旧帝大なんて目指さなくていいや」となり、やる気喪失した。

 

と、このようにですね、ぼくは学歴というものに興味が持てなかったわけです。

もちろん、学歴あれば就活に役立つことは知っていましたが。

で、いざ目星をつけた地方国立大学に行きたいって父に言うと「遊びで大学に行かせてるんじゃないんだぞ」と言われてしまいました。

 

いや、こっちは未来を見すえて決めてんだよ。遊びって…。

 

腹たちましたね、正直。

ぼくが言いたいのは「学歴とかブランドとかもとめてどうするの?」ということです。

たしかに、学歴が良いと、良いところ就職できたりしてなにかと人生の選択肢が広がるのでしょうけれど。

でも、良いところに就職できて、いったいなにが良いのか。

会社名や大学名のネームバリューがあると、どうなるのか。

人からうらやましがられる。

これにつきるのではないでしょうか?

ぼくはイヤだな、ブランドに依存しちゃうの。

ブランドがないと良い気分になれないだなんて、そんなのブランドの奴隷じゃん。

と言いつつ、学歴ある人や大企業に勤めている人がとってもとってもうらやましいですよ(笑)。

でも、思うんです。

自分軸ではない、外部の軸に依存してしまっていること。

はたして幸せなのでしょうか?

自分軸(自分にとっての幸せとは?自分とはなにを望む?)が分かっていないから、分かりやすい外部に頼る。

そして、外部にふりまわされる。

なんか不自由を感じる。

学歴とか会社名とか、そういう自分以外の軸で決めるのは危険だ、とぼくはおもってる。

その学校とか会社が永遠不変な価値をもっているという保証って、どこにあるのだろう?

だって、つぶれる可能性もある。

たとえば、ぼくが東芝の社員だったとします。

でも、ご存知の通り、東芝は大量にリストラしました。

もし、ぼくがリストラされた1人だとしましょう。

ぼくは、東芝という肩書きがなくなるわけです。

ここです、ここなんですよ、外部のジクに依存して優越感からの幸福感を得ようとする危険性。

 

自分自身に幸福の軸がないというのは、偶然性によって幸か不幸か決まるということです。

そんな人生、ギャンブルだと思いませんか?

ということで、自分軸を知ることで確実な幸福感を得ることをあなたにオススメしたいのです。

ぼくの場合は、宇宙が好きで、宇宙に関わることが幸せだとおもったから、天文学者になろうと高校生のときはおもっていたのです。

そして、天文学者になれるような学部教育があるところに行きたかったのです。

で、その、学部教育がおわったところで実力がある研究室に行こうとくわだてていたのです。

 

このように、自分が何をしたいのか、何が幸せなのかがある程度分かっているだけでも、ブランドという外見にふりまわされずに生きていけるのです。

では、本当に自分の欲するものはどのようにもとめればいいのでしょうか。

これは、自己分析で求めることができます。

やり方については、コチラの記事をどうぞ。

まとめ

  • ブランドをもとめることは、ブランドという外部要因に依存している点で不自由な人生。
  • 自分軸を固め、自分に忠実な人生を生きることで、自由は手に入る。


ところで、コメントは気軽にどうぞ!
ひとつひとつに目をとおし、返信しますので!

「コメントで質問してなにも返ってこなかったらどうしよう」
「ほかの人にみられるのは恥ずかしい」

とかおもわなくて大丈夫です(笑)

注釈   [ + ]

1. ぼくは高校のときに天文学者になりたいとおもって本気で受験勉強してた

「生」を活性化させて、人生を充実させるコミュニティ

・なんのために生きているのかわからない
・やりたいことがない
・なんで、生きてるんだろ
・人生の時間をムダに過ごしている気がする

そんな、無気力におちいっているあなたの人生―生―が能動的になり、「生」が活発化し、人生が充実したら。

人生に対して無気力な原因は、原理原則ベースに「生」の在り方を考えていないことなのです。

ぼくが主催するメルマガ(LINE@)コミュニティでは、原理原則ベースに「生」の在り方を考えるための情報を提供することで、あなたの人生を充実させるお手伝いをします。

ぼくたちと一緒に、無気力な受動的「生」から能動的「生」へと発展させ、より良い人生をもとめていきましょう!

今なら、「生」の在り方を考える第一歩として、「自分」を知るための教科書『「好きなこと/やりたいこと」の見つけ方』を無料でプレゼントしています。

ただし、3万字ほどありますので、気づいたら夜が明けていたなんてことにならないようにお気をつけください(笑)
友だち追加

プロフィールと活動目的

ぼくは、「あること」を始めとして、
人生がどうあろうとも事態を受け入れられる、
強固なマインドを手に入れることができました。

さらに、どうすれば人生を充実させていくことができるのかも分かるようになりました。

おかげで、人生を充実させていくという、確固たる自信がつきました。

今では、「生」を活発化させて人生を充実させていこうと努力しています。

でも、昔は、自分に対してなにも自信はなく、受動的な人生でした。

すべては親や周囲の言いなりで、クソつまらない人生でした。もう、過去には戻りたくないですね。

では、その「あること」とは一体何なのか。

それは、

原理原則ベースに「生」を能動化させる

ということです。

はい?なんだそりゃ?

ちょっと説明すると、

・原理原則ベースとは、自分という人間のあり方のことです。

・「生」とは、
人生、生きることの意味、人間的生命、
といった、静的ではない、
動的な生命活動をあらわしています。

・能動化とは、単純ではない、受動的ではない、スキルとチャレンジの発展をあらわします。

 

原理原則ベースに「生」を能動化させるために、このブログでは

「考え方」を知る
「生き方」を知る
「自分」を知る
「本」を読む

ための情報発信をしています。

ぼく自身も、本を読みつつこれら3つの情報・知識を高める努力をしています。

「生」を能動化させることこそが、人生を満足に生きるための最高の方法であるからです。

 

さらなるぼくのプロフィールと、「生」の複雑化についての想いなどの詳細コチラから。

理念とストーリー