やりたいことは、やったことがないことしてこそ見つかる。【偶然性】

自己啓発

今回言いたいことは、もはやタイトルどおりです。

そう、「やりたいことは、やったことがないことしてこそ見つかる」のです。

やりたいことがないと心配しなくてもいいです。「やりたいこと」を無理につくらなくてもいいです。進路はねらって決まるものではありません。偶然によって決まるのです。

 

よく、大学生で「やりたいことが分からない」「どういう進路をたどればいいのか分からない」という人を見かける。

そういう人にかぎって、毎日スマホゲームやグノシーで時間をつぶし、時間になったらバイトに行く生活をしているように思える。

あと、とりあえずスピーカーから音楽流すか、みたいな。それか、とりあえず人とつるむとか。

彼らは日々、刹那的な同じようなことをくりかえしている。それでは、やりたいことは見つからない。

それでいて、「なんのために生きているんだろう」と考える。

本心では、より良く生きたいはずなのだ。

 

でも、問題ない。あなたは間違いなく「やりたいこと」を見つけてより良く生きることができる。人生を自らの手で充実させる能力がある。

ぼくは今、自分の手で人生を切り開いてより良い未来をつくっているという実感がある。そして僕は、とても人生に満足感がある。「やりたいこと」があるから。

 

では、どのようにして「やりたいこと」を見つけて人生を満足させることができるであろうか?

まず、「おもしろそう」をもとにいろんなことに突っ込んで見るということだ。

ぼくの人生をふりかえって、他人よりも充実しているとおもうところは「おもしろそう」をもとになんでも突っ込んでいったところだ。

すると、偶然に道がひらけてきて、「やりたいこと」に目がけて走っていく。それは、人生をいきいきとさせるものにします。

 

スタンフォード大学教育学・心理学の教授であるクランボルツも、『計画された偶発性理論』という概念を打ち立て、キャリアは偶然にきまるということを言っています。

この理論の要点は、

・個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される

・その偶発的なことを計画的に導くことでキャリアアップをしていくべき

という考えにあります。

(引用:”キャリアの8割は偶然? キャリアプランに役立つ「計画された偶発性理論」とは”)

 

「やりたいこと」をみつけるとは偶然性によるということを知ってほしいので、ぼくのエピーソードを紹介する。

ぼくは高校生のときは本気で天文学者になりたいとおもっていた。

そこで、名古屋大学を目指して必死に勉強をしていた。

現役のときは、受験勉強はそんなにつらいとはおもわなかった。本気で、本気で天文学者になりたいとおもっていて、そこにむかって努力をしていたからだ。

人は、なにかしらの目標があって努力することに充実感をおぼえるのだ。

では、生まれたときから「天文学者になりたい」とおもって努力していたかというと、そうではない。

偶然にして宇宙の図鑑をみつけて宇宙が好きになり、それが転じて「天文学者になりたい」とおもったのだ。

小学校4年生のとき、ぼくは母親と一緒にニュータウンにある本屋につれていかれた。

母親は雑誌コーナーでファッション誌を読んでいる。

あ~、つまらね。なにかおもしろいもんないかな~?

児童書コーナーでぶらぶらとする僕。

図鑑がたくさんならんでいる棚をみつける。

その棚は、自分の目線のやや低い位置にあった。

目線を棚の左から右にスライドさせる。

これ、みてみよ~っと。

そんな思いで手にとった本が、「宇宙」と書かれた図鑑であった。

ひらいて中を見てみる。

お~、おもしれ~!写真がきれい!

そのときは、かる~く見るだけで、いきなり宇宙にのめりこむことはありませんでした。

 

母親がもどってくる。

「買ってほしいの?」と聞かれ、「うん!」と答える。

それからというものの、暇があったら図鑑を家で見る日々です。

天体写真と、それに添えられている解説を見て「うちゅうってたのしい!!」と頭の中でジワジワとはじけていました。

 

このように、「天文学者になりたい」と思い熱量を投じることになったきっかけは、抽象化すると

  1. 偶然みつけたこと
  2. 興味あること(「おもしろそう!」という感情)をひろったこと

によって生み出されたのです。

 

小学生のときに「宇宙」図鑑に偶然に出会わなければ、高校生のときに天文学者になりたいとおもって努力しようなんておもいませんでした。

 

大学生になると、またしても【偶然】に見つけた本によって進路が変わることになりました。

ぼくは本が好きで、大学生の中でもかなり本を買っているほうだとおもっています。

そんな中。

『脳の意識 機械の意識』という本を見つけました。

買って読んでみると、第一章からとっても面白い!

第一章には神経細胞の活動メカニズムが書かれており、第一章のおわりにはこんなことが書かれていました。

”かくもシンプルなニューロンの働きから「我」はどのようにして生まれるのか。”

神経細胞の活動メカニズムの説明もおもしろかったし、なにより「なぜ物質から意識という概念がうまれるのだ!?」という疑問を自分もいだいてしまった。

そうして、意識、そしてそれを生み出す脳の魅力にとりつかれることになりました。

よって、そのとき以来、天文学を志そうということをやめて、おもいっきり脳科学のほうへと方向をかえることになりました。

このような偶然により、ぼくは今現在、脳を研究している研究室に行こうとがんばっています。

もちろん、進路は偶然によって変動するというクランボルツ教授の理論にもとづけば、ぼくは今後どうなっているかわかりません。

 

さて、今度はぼくのいとこの進路についても紹介します。「やりたいことは、やったことがないことしてこそ見つかる」ということがとても分かります。

ぼくのいとこの家の周辺は畑が中心で、言ってしまえば田舎です。

ということで、いとこは高校まで都会とは縁がない人であったのです。

さて、ぼくといとこが高校生の時、名古屋駅にあるヤマダ電機にいとこを連れていきました。

いとこからしてみれば都会の家電屋です。いろんなモノであふれています。

ぼくはいとこをイヤホン・ヘッドホンコーナーにつれていきました。

当時ぼくはイヤホンやヘッドホンに興味があり、いろいろとネット検索したり家電屋で試聴したりしてたのしんでいました。

そんなぼくのたのしみをいとこにも知ってもらおうと、イヤホンの聴き比べをさせました。

となり同士でならんでいる、値段の違うイヤホンをいとこに聞かせました。「ほら、値段が違うだけでこんなに音が違うだろ?」というと、いとこは「うん」と静かに返事をしました。

そのとき、いとこになんの感情の変化を読み取れるような表情がなかったので、「これはたのしくなかったかな」と、ちょっとかわいそうなことをした感がありました。

 

ところが、です。

どうやら、いとこはイヤホンにハマってしまったそうです!

おばさんがぼくの母に言っていたことです。ぼくがイヤホンの試聴をいとこにさせたら【偶然】にいとこはイヤホン・ヘッドホンにはまったと。

そして、今までイヤホン・ヘッドホンに興味がなかったのに、自分からネット検索してイヤホンやヘッドホンに関する情報をしらべたり、4万円くらいするヘッドホンを自分で買ったりと、おもいっきりオーディオ関連の商品にハマってしまったそうです。

さらに、大学の進路もイヤホンやヘッドホンの内部構造を学べるような、電気・電子に関する学科に進むことにし、じっさいに進学したとのことです。

偶然性がいかに進路を決定するかのいい例です。

 

やったことのないことをやってみること。これが、進路を決めるカギになるな、とつくづく感じます。