空間・時間がないと、物事を知覚することができない

「考え方」を知る

 

今回読んだ本:純粋理性批判1(光文社古典新訳文庫)

今回読んだ箇所:段落040-042・054-055、p.344-p.356


 

「解明」とは、雲のような、つかみどころのない概念を明らかにする営みである。

40段落で、カントは、これから空間と時間という概念を”解明”していこう、と言っている。

 

ここで、解明と証明の違いを説明しておく。

 

解明とは、あやふやで、つかみどころのない概念をいろんな言い方や面から考察し、人に分かりやすく説明する、といったところだ。(解説p.344-345)

 

これに対し、証明とは、以下のようなことを言う。解説から抜き出してみる。

証明(デモンストラティオ)という方法は、(中略)語の定義と、前提となって証明することのできない定理だけに基づいて、論理的にその正しさを示すものである。

たとえば、ピタゴラスの定理(三平方の定理)は、〈解明〉するものではなく、きちんと別の定理に基づいて導けるものであるため、〈証明〉するものである。

 

なお、今回読んだ解説には「解明」、「論証」と並んで「根拠付け」についても書かれていたが、記述がすくなくてよくわからなかったのでパス。

 

事物・経験を知覚するには、空間という観念が先になければいけない

何かあることを経験したとき、空間という観念をなくして、あなたは説明できるであろうか?

 

たとえば、浜辺でぼんやりと海を眺めてみたとしよう。

 

その海の遠くのほうでは、船がゆっくりと動いて見える。それにしても、広大な海だ、どこまでも、どこまでも広がっている・・・。

 

ね、もう「遠くのほう」や「広がっている」といった「空間」の概念が入っている。

つまり、「空間」という観念があってこそ、ぼくたちは世界を知覚できるのだ。

 

以下、段落041からの抜粋。

 

外部の[現象についての]経験そのものを可能にしているのが、空間という像なのである。

 

 

出来事を知覚するには、時間という概念が必要

 

以下、段落054からの抜粋。

時間という像を前提としなければ、いくつかの事物が同じ時点において(同時に)存在することも、異なる時点において(継起して)存在することも、心に思い描くことはできないのである。

ぼくが入っている桃が、山から町へむかう。桃はいま、東京にいる。

 

この現象を説明するには、〈時間〉がたった、というしかない。

桃は山の奥から流れ、どんぶらこどんぶらこと東京にむかって流れたのだ。

〈時間〉という概念があってこそ、変化(今回の場合、桃が流れた)が知覚できるのだ。

 

 

まとめ

空間も時間も、ある出来事・現象を知覚するうえでの”土台”である。そしてそれは、経験によって引き出されるものではない。

 

 


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