理念とストーリー

こんにちは、ノリウです。

ぼくは、「あること」を始めとして、人生がどうあろうとも事態を受け入れられる、強固なマインドを手に入れることができました。

おかげで、能動的に人生を生きていくという確固たる自信がつきました。人生、充実です。

でも、昔は、自分に対してなにも自信はなく、受動的な人生でした。

すべては親や周囲の言いなりで、クソつまらない人生でした。もう、過去には戻りたくないですね。

 

では、その「あること」とは一体何なのか。

それは、

原理原則ベースに「生」の在り方を考える

ということです。

 

ここでいう「生」とは、かなり抽象的です。

生き方。自分の、この世界での存在。マインド。心。動的命。

そんな感じです。

 

さて、なぜ、原理原則ベースに「生」の在り方を考えると人生が充実するのでしょうか?

原理原則ベースに「生」の在り方を考えると、
時代や世間に流されない、自分にとっての本質的な「生」を生きられるようになります。

すると、「生」の創発が始まります。

これにより、能動的「生」が実現されるのです。

そうすることで、「生」が活発化し、充実した人生が生きられるのです。

 

ということで、このブログでは、あなたの人生が充実するための土台として、

「生」の在り方を考えるための知識や情報を提供します。

 

でも、「生」の在り方というのは、抽象的すぎて一体なんなのか、よく分かりませんよね。

「生」の在り方は、

考え方
生き方
自分

に分解されます。

これを見て「このブログの上にあった表示はそういうことだったのか!」と

納得していただけたかと思います。

そう、

「考え方」を知る
「生き方」を知る
「自分」を知る

ですね。

これらを組み合わせることで「生」の在り方を考え、

自分なりに「生」を創造することができるのです。

 

「考え方」とは、いわゆる学術知のことです。

世界中に普遍的に共有されている知識や思考といったところです。

高校で習う生物や世界史・数学などは、まさにぼくが言うところの「考え方」です。

また、大学の講義でやるような心理学や哲学・栄養学なども、「考え方」です。

「考え方」を知ることで”武器”を手に入れ、

自分の頭で考えて未来を切り開く力をつけることができます。

また、「考え方」を知ろうとすると必然的に頭を使うことになりますので、

頭脳を磨くことにつながります。頭脳とは、人間の最大の”武器”であります。

そんな人間の”武器”を、「考え方」を知る過程で磨くことができます。

よって、「考え方」を知ることは、武器を手に入れつつ武器を磨くことができるのです。

なお、武器を手に入れられるのか武器が磨かれるのかは、

手に入れる知識によって比重が異なってきます。

 

「生き方」とは、いわゆる思想です。宗教だったり、偉人の考えたことや自伝だったり。

幸福論も、思想です。

「生き方」を知ることで、ひとつの生き方にとらわれない、柔軟な生きるマインドをつくります。

また、自分の価値観を考えるうえでも、生き方を知ることはとっても有効です。

事実、ぼくの価値観の発掘において、いろんな人の思想を参考にしました。

 

「自分」とは、そう、自分です。(そのまますぎて、説明になってないですが)

「自分」を知ることで、自分の精神を活発化する原動力を探ります。

 

「考え方」「生き方」「自分」の3つのカテゴリーを深めることで、

どのように自分という「生」をこの地に在らしめていけばよいかがわかります。

つまり、「生」の在り方が分かる、ということです。

で、「生」の在り方が分かると、世間や時代といった、

自分の「生」に本質ではない要因にまどわされずに済みます。

「生」がつかれずに済むのです。

すると、「生」の創造につながります。これは、能動的「生」になります。

で、ぼくが今目指しているところはさらに、「生」を活発化させて人生を充実させていこう、

というものです。

 

では、どのようにしてぼくが原理原則ベースに「生」の在り方を考えることになり、

能動的「生」を手にすることになったのか。ぼくの過去を振り返ってみます。

 

【幼稚園・小学校】~親への服従~

勝手に親に、いろんなことを習わされまし、やらされました。

水泳・くもん・サッカー・書道・英語・etc

どれも本当にイヤでした。

というのも、ぼくが本心から「習いたい!」とおもって習ったものではないのですから。

水泳とか、イヤすぎて「やめたい!」と言っても、なんかダメでした。

「ちゃんとバタフライまで習ってからじゃないと!」という理由で。

 

あー、はやく終わらないかな。

そんな想いでいつも水泳してました。

 

サッカーは本当にイヤでしたね。

水泳は1時間しか練習がないからともかく、サッカーは3時間もあるのです。

 

本気でイヤだった。午前9:00から始まり、正午に終わります。

ずっと、ずっと時計を見るわけです。「あー、はやく終わんないかな」なんて。

で、午前10:30になると「よっしゃ、あと半分でおわるぞ!」と本気で喜んでました。

どんだけはやく終わってほしいんだよ、といったところです。

12:00になると、「フォーーー!!」と、心の底から喜びにひたっていました。

 

サッカーは練習がおわると、

グランドを整備するために「トンボ」という道具をもちいてグランドをならします。

このとき、「トンボ」を倉庫に取りに行きます。

ぼくは「ありがとうございました!」という号令がおわると同時に、

誰よりも早く「トンボ」を倉庫にとりに行きます。

 

そのくらい、練習がおわることがうれしかったのです!

 

サッカーにしろ水泳にしろ、親が教育熱心なせいで、子どもであるぼくは不幸になりました。

サッカーにいたっては、「サッカー上達のコツ」なんていう本を

勝手に買ってきて練習させようなんて考えするんですから。

 

もう、イヤでした、本気で。

 

パジャマからサッカーの練習着に着替えるとき。

ロングソックスをじゅうたんの床に座りながら履くとき。

 

すべてが、イヤだった。

朝眠いからという理由でサボったりもしました。

 

そういえば、集団行動ニガテすぎて、

試合では使いものにならないくらいに固まっていました。

サッカー、向いてなさすぎです。

なんなら、ボールがこわくて、試合中はボールから逃げるようにしていました。

冷静に考えて、意味不明すぎます。

なんといっても、試合は本来、ボールをケることが目的であり、

相手に勝つための手段なのですから。

なんかアタリマエすぎて、何いってんのコイツ感ありますけどwww

 

 

そういえば、空手を習わされようとしていたときもありました。

これは、ぼくがよく幼稚園の1つ年下の人にフルボッコにされていたので、
それを見ていた親が将来を心配してのことで。

だが、本人であるぼくは別に何も思っていませんので、

単に空手を習わされるという意識なだけです。

 

空手の見学に行ったとき。

あー、つまんね。見学つまんねー。外の公園にあそびにいきたーい。

 

空手の体験に行ったとき。
いつおわるんだろこれ。身体うごかすのキライなんですけど。

と、受け身な姿勢のぼくは、本当につまらない人生をおくっていました。

 

夏休みの書道なんて、ひどい。

 

よく、小学生の夏休みの課題として、書道がありましたよね?

あ、なかったのかもですが(笑)

まあ、ぼくのところでは書道は毎年恒例でして。

夏休み。5時間を超える書道。親が納得するまで、
ずっとずっと、ずっと練習させられるのです。書道を。

で、むちゃくちゃキレイに書けるようになったら、ようやく清書です。
書道の練習中、とっても怒られていました。

 

なにゆえなんだ。。。おれは、もう書写をしたくないんだよ。。。

あんたの自己満足につきあっていられない。

 

怒られて、墨汁がついた筆でほっぺたを黒く塗りつぶされました。

泣きましたよ、本当に。こわくて、ふるえることしかできなくて。

あまりにも字を書く練習しすぎて、いっぱいあった半紙がすべてなくなりました。

よって、買いに行かされるのです。

今となっては、よく逃げなかったな、と自分でも関心してます(笑)

もう、書道なんて絶対にやりたくないですね。

 

読書感想文は、勝手に本を買ってきてやらされていました。

勉強では、勝手に問題集を買ってきて「やりなさい」と言われていました。

この、命令されるという苦痛さは、今でもわすれられません。

とにかく、受動的に生きると、苦痛でしかありません。

なんのために生きているんだか、わからなくなります。

 

【中学校】~集団同調~

 

中学のときは、毎日部活(ソフトテニス部)に”服従”していました。

まさに、受け身マインドです。

 

ただ、小学校までとは違い、ソフトテニス部に入ろうというのは自分で決めました。

なんか、友だちがテニスやっているのを見て、おもしろそうだなー、という感じで。

 

ただ、そのときは自分が運動がキライであることを自覚していなかったので、

これまた部活の練習は「あー、はやくおわんないかなー」の日々でした。

 

土日は3時間の練習です。

午前練習のときならば、午前9:00にはじまって昼12:00におわります。

小学生のときにやっていたサッカーとまったく同じ時間帯です。

よって、これまた午前10:30になると「よし、こんなにも時間がすすんだ!あと半分でおわるぞ!」と喜んでました。

部活がおわると、心がダンスしていました。ルンルンる~ん。

 

ただ、部活のとある子がとてもやる気ある子なんですよね。しかも、強い。

ということで、休日の部活終わりや休日に部活がないときに、

たまに公営のテニスコートでコーチらに教えてもらっていました。

そのやる気ある子とその親が、

それぞれぼくを含めた同学年の部活仲間と我々の親らを率いていましたので。

 

なお、その教えてもらっていたコーチらは、

市内の小学生を対象にした子ども向けテニス教室で、コーチをしている人たちです。

小学生らの練習をぼくらがサポートする代わりに、

ぼくらはコーチらに教えてもらう、といったところです。

 

イヤでしたね。

やる気あるメンバーが多い学年にいてしまったせいで、

イヤな練習後にさらに練習ですよ…!

 

しかも、集団同調がはたらいているせいで、自分だけ追加の時間でコーチにおしえてもらわない、とかできない。

にげられないわけです。

ファーーーーーー!

発狂しそうでした。

 

ただし、雨になると、なんと、部活が休みになります!

これは、テニスコートが水たまりだらけになって、使えなくなるからです。

これは、平日でも休日でも、です。

ということで、常に「雨降れ!あめ、あめよ!」と願っていました。

一度、「マガンタンハーボン」ととなえたら雨が降ってきたことがあり、

友だちに「ノリウは雨乞いができる」と、誰かに広められたことがあります(笑)

 

ところで、なんでそんな我慢してテニスしてたのか。

それは、友だちと話せるから、ですね。

ぼくが中学生のとき、教室でボッチでした。

それが原因で、親に怒られたこともあります。

「なんで明るくふるまわないのよ!」
「もっと明るい子だとおもってた」って。

そんなこと言われても、仕方がない。
ぼくは、人にどう話しかければいいのか分からない人間だもの。

小学生のときにできた友だちは、
すべて向こうから話しかけてくれたし、
遊ぶ約束も相手からしてくれた。すべて。

自分から能動的に「ねえ、きょうあそべる?」なんて、言えなかった。

もちろん、勇気をふりしぼって片手を数えるくらいには自分から遊びのさそいはしたことある。

でも、あまりにも莫大な勇気がいるもんだから、もう、しんどくてしんどくて。

これは、中学生になっても変わりませんでした。

ということで、まともに自分から話せないけど
友だちがほしいし友だちと話したいぼくにとって、
部活は大切な存在だったのです。

部活を受動的にしていたので、本当につまらない日々でした。

受け身マインドなんて、もうこりごりだ。

 

 

【高校】~一歩踏み出す勇気~

もう、テニスはコリゴリだ。どんな部活に入ろう。
あ、卓球にしようかな。そんなに動かなそうだし。

とかおもってたのですが・・・。

あるとき、父とテーブルを挟んで対面で話す機会がありました。

「部活、なににする予定なの?」

「ああ、卓球にしよっかなー、と。」

「中学と同じ部活やったほうがいいよ。あたらしく覚えなくて済むからラクだよ」

 

なるほど。

と、納得してしまい、まさかのまたしてもソフトテニス部に入ることになりました。

いまだに、受動マインドです。

 

まあ、そんなに部活こだわってないし、いっか。という感じですね。

とにかく、部活に入れば人に話しかけることができない(いわゆる「コミュ障」)
ぼくでも友だちがつくれることが中学生のときに分かっていたので、
部活入れればなんでもいいやー、といった感じです。

ですが、これまた地獄のはじまりです。

小学生・中学生のときと変わらず、休日の部活は時計をみて過ごします。

「まだ終わんないかなー」と。

相変わらずなぜか、午前9:00開始の昼12:00終わりです。

小学生のときから同じく、午前10:30になったら
「あ、もうこんなに時間たった。あと半分、がまんだ!」
と自分で自分をはげましていました。

しかし、中学のときよりももっとひどい。

もう、練習開始10分くらいたったとき、
つまりは午前9:10の時点で「あー、まだか」なんておもってしまっていたのです(笑)。

いや、まだ練習開始直後なんですけどww

いやー、つらかった。

でも、中学生のときと同じく、ソフトテニスの練習場の関係上、
雨が降ったらコートが使えないので休みになります。

よって、アプリ「ウェザーニュース」で週間天気予報は欠かせずチェックしていました。

あー、雨よ、ふってくれ!

といった感じで。

 

さて、そんな受動マインドなぼくに、
能動マインドになるきっかけがおこります。

 

それは、高校1年生の修学旅行のとき。

(高1で修学旅行は早いんでしょうか、よく知りませんが)

 

ぼくの高校では、「指令」という制度があります。

これは、おなじ部活の先輩から後輩にむけて、
修学旅行現地で行わなければいけないクエストを出発直前に渡され、
そのクエストをやるというものです。

たとえば、「クッピーラムネで女とポッキーゲームしろ」とか、
「討論会(私の修学旅行では夜にそういうのがある。)で悪魔の仮装をしろ」とか。

冷静に考えて、なぜそんなことを修学旅行でしなければならないのか理解不能ですwww

先輩から指示されたことやらないといけないとか、
受動マインドな人間を量産するだけで、害しかないのではないか。。。

 

さて、私も先輩から「指令」をわたされたのですが、どうも人にはなしかけることができない。

はなしかけないと、クエストはクリアできないのです。
が、もう、本当にムリなんですよ。

同じ部活内の人にならはなしかけることができましたので、
同じ部活内の人にはなしかける系のクエストならやりました。

どうも、はなしかけられない。
から、クエストクリアできない。

 

そんなことを班で泊まった宿でグチとしてこぼしていたとき。

同じ班の人から「ノリウはコミュ障だ」と言われました。

旅館の畳にふとんが引かれており、ゴロンとねころがっているときにですね、言われたのは。

そのとき僕は「コミュ障」という言葉がわかっておりませんでした。
そこで、ググって見ました。

ふむふむ。

ああ、たしかにぼくには、コミュ障というネーミングがあっているではないか。

そう思って「あーオレはコミュ障だ」と、
ふとんの上でねころがりながら、スマホを顔の上にもってきてそう叫んでいました。

すると、「おい、ちょっと外出よう」と同じ班の友だちに言われました。

なんだなんだ、いきなり。

部屋を出て、宿のろう下にあった椅子に3人で座りました。

ここで、「ノリウは一歩踏み出せていない」と言われました。

まあ、そうかもな、なんておもってました。

そういう話しを20分くらい、ろう下ではなされました。

 

じゃ、一歩踏み出すぞ!

と、実行にうつせるほど簡単なものではないですね。

人って、なかなか変わらないものです

修学旅行2日目に「一歩踏み出せてない」と言われて、
3日目ではそれを実現して、つまり一歩踏み出して指令ができたか、
と言われるとそうではなく。

女性に話しかけてポッキーゲームをしないといけない指令があったのですが、うん、ムリ。

 

さて、「一歩踏み出せていない」というのは他の友だちにも、
まったく違うときに言われました。

部活の公式試合のときですね。
「試合する」というアナウンスをベンチにすわって待っていたとき。

「おい、彼に話しかけてみろよ」と、仲のいい友達に言われました。
彼とは、同じ部活仲間でも話しかけることがない(関わりがない)人のことです。

 

え、いきなり話しかけろと言われても…。

 

ぼくは、とまどいました。

なにを、どうやって、はなしかけろ、と??

そんな感じでとまどっていると、
「ノリウは一歩踏み出せていないだけ」
と言われてしましました。

 

耳が痛い。わかってはいる。わかってはいるのだが、どうすればいいんだよ。。。

 

そんなことを言う友達は、なんのためらいもないように、その彼に話かけていました。

ぼくとしては、その友達はぼくと仲がよく、ぼくと同じ静かな性格で、
仲間だとおもっていただけに、軽いショックを味わいました。

 

ああ、ぼくだけが取り残されているんだな。

そんなショックから、ストレスでチョコレートをバカ食いしたこともありました。

 

うーん、どうにかしてこの「コミュ障」という誰にも話しかけることができない状況を抜け出さないと。。。

ということで、名古屋市内の一番大きな図書館に行って、
コミュ障を脱するための本を探してみました。

が、あまりいいものが見つからず。。。

(あとで知ったのですが、見つからなかったのは図書館全体のほんの一部分しか見ていなかったため。じつは2階や3階があり、そこに資料があったのかもしれない。。。)

そんなあるとき、新聞の欄外の広告を見ていたら、
雑談力が上がる系の本が2冊載ってありました。

ということで、さっそく名古屋駅にある大型書店「三省堂書店」に行って買ってきました。

まあ、なかなか良いこと書いてました。

けど、根本的にコミュ障を抜け出す手がかりはつかめませんでした。

だって、その本に書いてあることは伝え方・話し方であって、
そもそも話しかけることができないぼくはどうすりゃいいのって話です。

そんなぼくは、先生に質問することさえ恥ずかしくてできない人間でした。

ですがある時、どうしても気になって質問したいことが、
物理の授業を聞いていて、でてきました。

ああ、質問しにいかなければ。でも、こわい、緊張する。

だが、ここで何も踏み出さなければ、ずっと一歩踏み出せないままで人生がおわる。

よし、とりあえず、いこう…!

質問したいことが書かれているノートを持ち、ガタガタと手をふるわせながら先生がいる教卓付近にたどりつきました。

ほかの人が先生に話していたので、うしろで待っていました。

心臓はバクバクです。

おちつけおちつけ。ただ聞くだけじゃないか。

さあ、質問のときです。

「ぼく、こう考えたんですけど、いいですか?」

声と肩をふるわせながら、質問しました。

すると、「うん、その考えでも大丈夫だよ」という返答が。

「ありがとうございます。」といい、その場をあとにしました。

最初の一歩踏み出した瞬間です。

「やった、おれ、質問できるじゃん!」

 

もう、こうなってしまえば、しめたものです。

ぼくは、様々な人のなかでも最も恐れている人―女性―とまともに話すことは
絶望的にムリな人間でした。

ですが、物理の先生に質問できたことをきっかけに、
部活のマネージャーさんと話すことにやや抵抗がなくなりました。

といってもやはり、いきなり緊張がほぐれたかといわれるとそうではなく。
女性との会話は、やはり緊張はしますね。

一歩ではなくとも、半歩は踏み出せているよな、オレ?

 

ときはたち、高校3年生のとき。
クラスが変わり、まわりの人が変わりました。

ぼくとは正反対の人が複数人いました。
つまり、話したことがない人に、気軽に話しかけてくれる人たちのことです。

なんと、ぼくに近寄って話しかけてくれるのです。
コミュ障すぎて、ぼくにはなにもメリットがないのに。

ですが、これはチャンスです。

これまた一歩踏み出す勇気により、自分からも質問をなげかけて、
積極的にからもうとしました。近寄ってきてくれたときだけですが(笑)。

ですが、大きな進歩なんです。

話しかけようと努力することで、
どんどんと一歩、二歩と踏み出すことに成功し、
ますます能動的「生」になっていきました。

浪人時は予備校に通っていました。
そのときに講師にガンガン話しかけに行けたのも、
高校生のときに一歩、ニ歩と踏み出していったおかげだとおもっています。

このようにして、能動的マインドを育てていきました。

もちろん、今現在も発展途上です。恐れることは、たくさんあります。
日々、進歩です。

 

さて、そんな能動的マインドになったせいで、親と対立しました。
そして、行きたい大学にいけませんでした。

 

ぼくは、高校生のときに「将来なにをしよう」と考え、
天文学者になろう、と思い立ちました。

今はそんなことおもってませんが。

で、名古屋大学という旧帝大に実家から通えるので、
そこを現役(高校3年生)のときは目指しました。

レベルが高い人たちに囲まれて勉強することで、
将来学者になれるかな、とおもって。

で、むちゃくちゃがんばったのですが、センター試験で撃沈。

 

とっても悩みました。

 

そこで、高校の物理の先生(さっきの質問した物理の先生ではない)に相談。

その人は、国立の教育大学から名古屋大学の大学院に進学した人なのです。
さらに、1年宅浪した経験があるとのことで。

浪人して旧帝大を目指そうか否かを決めかねていたぼくにとって、
とてもいい相談相手です。

その人に相談した結果、研究は大学院からで、学部は関係ない。そして、浪人はムダである。

だから、今回のセンター試験の点数でいける大学に行き、
その後大学院で宇宙をさかんに研究している研究室に行けばいい、とのこと。

なんといっても、学部の入試よりも、大学院の入試(院試)のほうが、
戦うレベルは低いとのことで。

いわゆる「学歴ロンダリング」はこの、
学部よりも圧倒的に院試のほうが入りたい有名大学に入りやすいことを
ねらっていますよね。

で、ぼくもそれを、ねらおうとしていたのです。

なるほど。たしかに、研究は大学院からだし、べつに学部はどこでもいいかな、と。

そこで、父に
「今回のセンター試験の結果で行けそうな、関西にあるこの公立大学に行く」
ことを告げます。

しかし、「じゃあ、お父さんといっしょに暮らしてもらうから」と父に言われます。

父は、大阪に単身赴任していたので。カネがないから、その節約として。

 

えーーーーーーーー、やだな。

能動マインドがそだってきたぼくにとって、もう親の支配下におかれるのはイヤだ。

そのように、無意識におもっていました。

 

「いっしょに暮らしてもらうから」と言われたあと、風呂に入りました。

再度検討。

 

どうしよ。現役で行きたいけど、父親と二人暮らしするのはどうしてもいやだな。
というかだよ、なんでオレは旧帝大をめざしていたのに、ここで折れるんだよ。
いいのかよ、そんなんで、オレ。

そうおもって、風呂で涙していました。

くやしさからなのか。それとも、自分の情けなさからなのか。わかりませんでした。

でも、とにかく心が大学のランクを下げて現役でいくことを望んでいないことは
わかりました。

よし、ダメもとでつっこんでやろう。

 

そう決心して親にひとこと「やはり、旧帝大をめざす。」

本当に、ダメもとですが。

E判定。こんなんでつっこむのは、無謀でしかない。

だが人間、理性ではなんとも制御できないことがあるのです。
今回のぼくは、そうでした。

もはや、止められない。
現役で行って大学院で違う研究室に行くほうがラクに人生を歩めることが
わかっているにもかかわらず。

ということで、当初予定していた旧帝大につっこむことに。

やはり、行きたかった大学です。

無謀にもかかわらず、
最後のさいごまで一生懸命に勉強しました。

もし仮に志望校のランクを下げていたら、やる気はしなかったでしょうね。
そして、入学したとしても、「ああ、志望校をかえなきゃよかった」と
どこかで後悔していたような気がする。

後悔なく生きること。
これが、人生を最大限に充実させるのに必要な条件ではないでしょうか。

そして、その、後悔なく生きることは、
能動的「生」(能動マインド)によって成しとげられます。

 

さて、旧帝大の入試当日。

物理がまったく分からず、なげやりになりました。

あ、やっぱ浪人しよって、なってた。

後日、今回の物理の難易度は圧倒的に高く、みんなできていないことを知りました。

あきらめなきゃよかったのかも。
でも、このままがんばって問題解いて合格したとしても、なんかうれしくない。
から、まあいっか。

なんでうれしくないのかというと、受験勉強が受動マインドだったからです。

とある映像授業の塾に通っていました。
講座を大量にとらされ、ひたすらに講義を受けて、復習する。

なんか、自分の手で勉強している感覚がないな。

だから、能動的に勉強して、自分の手で勝ち取った感覚がほしい。

そうおもっていました。

 

よって、浪人して能動的に勉強しなおしたいと考えていました。

それが、入試本番でなげやりになってあきらめた原因でもあります。

 

合格すればよくない?なんで自分の手で勝ち取る感覚がほしいんだ?

あなたは、そう思うかもしれません。

これは、人によるかな、という感じです。

結果を得るためなら手段をえらばない人もいるだろうし、
ぼくみたいに結果をえる過程を重視する人もいるだろうし。

だからこそ、冒頭にも書いたように自分にとっての「生」の在り方がどうなのか、
考えなければならない。

自分の「生」の在り方を考えることで、
外部にまどわされない自分にとっての人生を歩む土台となます。

すると、能動的「生」につながって「生」が活発化し、人生が充実します。

 

でまあ、めでたく河合塾に入学しました。

せっかくなので、志望校を名古屋大学から東北大学に変えたいと親に願い出ました。

というのも、ぼくがねらっていた、実家から通える旧帝大は、
ぼくにとって魅力的ではありませんでしたから。

東北大学では、天文学科に類するコースがあり、
天文学者になりたいぼくにとって、とても魅力的なものでした。

 

ですが、父に拒否されます。

「名古屋大学でもいいだろ?」

うーん、たしかに、当初の予定では名古屋大学だったし、まあいいか、と。

しかたなく、また名古屋大学を目指すことに。

ぼくは優柔不断で考えをコロコロとかえてしまう傾向があったので、
志望校をかえないようにと河合塾では名大コースに入りました。

その名の通り、名大に特化したコースであるため、
そのコースに属する人たちはみんな、名古屋大学を志望しています。

だから、自分もまわりにいい意味で流されて名大に入りたい気持ちになるかな、
とおもっていたのですが。

違いましたね。

やはり、自分にとって、名古屋大学は見劣りがする。

むしろ、名古屋大学よりも偏差値が低い大学のほうがカリキュラムがよさそうに見えるし、
なんのために名古屋大学を目指してがんばるのか、わからない。

ということに浪人後半に気づき、やる気はなくなりました。

カリキュラムが魅力的だけど偏差値が低い大学に入りたければ、
センター試験でわるい点数とれば必然的にひくい大学しか狙えないからいいよね。

わるい点数であれば、親は偏差値高い大学をうけてくれなんて言わないだろうし。

という考えが無意識にあってのことで。

ということで、勉強に身が入らなくなりました。

よって、センター試験は、現役のときとまったく変わらない点数です。

残念なことに、ぼくが行きたかった、
魅力あるカリキュラムの大学はもっと悪いセンター試験の点数でないと狙えないものでした。

中途半端な点数をとってしまったがために、
十分合格が狙える大学は、ぼくが行きたかった大学よりも
偏差値的には上の大学でありました。

親は、そんな中途半端な点数で十分に合格が狙え、
かつ偏差値が高い大学にしかぼくを受けさせませんでした。

これ書いていて、すごくイヤな気持ちが思い起こされてきました。

なんで、なんで偏差値という自分にとっての幸福ではない要因に
左右されないといけないんだよ。

腹が立つ。

 

父に「この大学行きたい。カリキュラムが魅力的だから」
というと
「遊びに行かせてるんじゃないんだぞ」
と言われました。

いや、あんたこそ大学のときあそんでただろ。。。

偏差値という外部基準にたよるとか、受け身マインドでしかない。
そんな「生」は、枯れている。不幸のはじまりであります。

さて結果として、ぼくのセンター試験の結果で行ける最も高い偏差値の
地方国立大学に行くことに。

選んだ理由は、特色ある大学で、なにか面白そうなことできるかな、という想いです。

ただ、当初思い描いていたような、
ぼくが行きたい大学のようなカリキュラムはなかったけど。

まあいい。一人暮らしはでかい。

能動マインドがそだってきたぼくにとって、
実家で親に束縛されるのは苦痛でしかない。

さらに、能動的「生」は加速する。

 

【大学】
~能動的「生」をこえた、活発化した「生」をめざして~

ぼくの「生」は、さらに能動的になっていきます。

  • アイドルに話しかける
  • ノーベル物理学賞受賞者の梶田さんに話しかける
  • アポ無しで北海道大学の実験室に潜入成功

などなど、高校まで一歩踏み出せずに受動的マインドな自分からしてみれば、
ますます能動的になっていきました。

能動的マインドをもって色んな人にはなしかけることで、
「生き方」を考えるきっかけになりました。

これにより、「生」は偶然に、かつ自分の手によってつくりあげるものであることを
学びました。

さらに、本を読みまくることで、
なにをやればよく、どう未来を切り開いて行けばよいか分かるようになりました。

これにより、「考え方」と「生き方」を深めることにつながりました。

すると、「生」が確実に創造へと向かうようになり、さらなる能動的「生」となりました。

人生がどうあろうと、それを受け入れるという自信がつきました。

いわゆる「根拠ない自信」といったところでしょうか。

もはや、受動的「生」というものは、どこにもありません。

と言いたいところなのですが…。

 

本を読んだだだけの「生」の在り方では、知らずしらずのうちに受動マインドになります。

これでは、「生」は活発化されず、人生が充実しません。

ぼくは、自分のモチベーションを、根本的に知らなければならなかったのです。

どういうことなのか。

能動的「生」になってきたぼくは、
しだいに「お金がほしい!自分で生きていくための武器がほしい!」
と思うようになりました。

というよりも、そのときは本を大量に読んで知的好奇心を満たしまくりたい
とおもっていましたので、
想いとしては「ジュンク堂書店の本をぜんぶ買えるくらいにほしい!」といったところです。

どんだけ本ほしいんだよww
といったところです。

さて、Twitterを見ていたときです。

なんか、役立つ情報を発信していて「自由に生きていく」といった
とある人のTwitterのプロフィールを見たのですね。

そこで、その人のブログからメルマガを登録し、
10万で教材を購入しました。

大学1年の10月ごろですね。

でも、クソ詰まりました。
なんか、やっていて、ちっとも面白くない。

お金なんて、稼げないだろこんなので。。。
稼げたとしても、つまらん。ヤダ。

あきらめたのは、大学2年の4,5月ですね。

春休み中の2,3月にがんばってビジネスを構築しようとしていたのですが、
どうもしっくりこないな、と。

1日6時間はビジネス構築に時間をさいていたのですが、まあしょうがない。

 

時はたち、大学2年の1月。

こんどは、PPCアフィリエイトというものをみつけました。

よし、こんどこそお金稼ぐぞ!

なんておもってました。

でも、撃沈。

というか、精神が死んだ。

 

PPCアフィリエイトのやり方として、まずは広告記事をつくりまくります。

本当に、つくりまくる。

1週間半で200記事はつくったか
な。

もう、本当にエグかった。精神がいかれそうだった。

なぜかと言うと、コピペという単純作業ゲーだったからだ。
マジで死ぬ。なんなんだ、この、つまらない作業は。

毎日の作業終わりの夜にはマスターベーションしてた。
そうでもしないと、身体が滅ぶ。

ということで、アフィリエイトから撤退。

こんなんで稼げたとしても、
ずっと精神が崩壊しているようなことするくらいなら死んだほうがマシだ、
とおもっていましたので。

ただ、「お金がほしい!」という想いは変わりませんでした。

 

さらに時はたち、大学3年の夏。

こんどは、プログラミングに挑戦します。

「フリーランスで稼いでいる人もいるし、考えること好きだから稼げるかな」
というおもいです。

ですが、そもそも仕事をとりにいくためには、
実務経験がないとダメなものばかり。

フリーランスの人も、
「いまぼくが未経験だったら、まちがいなく就職して実務をつみ、
それからフリーランスになる」
と言ってました。

あ、おもいっきりまちがえたじゃん、オレ。

オンラインでのプログラミングスクールに10万つぎこんでおいて、なにしてんだよオレ。。。

 

こうなってくると、ぼくはどうしたらいいのか、よくわからなくなってきます。

オレは、どうしたら人生が充実するのだ…?

ここで、『自分の中に毒を持て』という、岡本太郎氏が書いた本を読みました。

いや、正確に言うと、大学2年のときくらいには読んでいたのか。

でも、再度じっくり読んだのはこの「どうしたらいい?」と迷っていたときですね。

そこには、こんなことが書かれていました。

よし、駄目になってやろう。すると、もりもりっと力がわいてくる。
食えなけりゃ食えなくても、と覚悟すればいいんだ。それが第一歩だ。その方が面白い。

 

結果がまずくいこうがいくまいがかまわない。むしろ、まずくいった方が面白いんだと考えて、自分の運命を賭けていけば、いのちがパッとひらくじゃないか。

もう、お金のことはいいや!

自分にとっての「やりたいこと」をやろう!

 

読んで、そう覚悟しました。

人生とは、覚悟ですすむ。

 

とは言っても、なにをしたいのか明確になっていない。

そう思って、自己分析に励みました。

自己分析ツールもたくさん使いました。

大学3年の春休み。自己分析をしまくりました。

毎日、2~3時間は時間をとっていました。

トータルで自己分析には70時間はつかいました。

といっても、まだまだたまには自己分析しているので、もっと時間はかけているような。

 

そこでぼくは「人間の原理を追求したい!」ということを超強烈に感じました。

「自分」を知ることによって。

ぼくにとっての情熱です。

 

ということで、大学院では脳を研究できるような研究室に行くことに。

人間を人間たらしめるのは脳だとおもったので。

半年間の努力をし、大学院に合格。

さらに今は、生理学や生物学・世界史や心理学・哲学などを横断して、
自分なりに人間の原理を追求しています。

ああ、ようやく自分の情熱にしたがって、やりたいことができているな。

そう感じています。

「生」が活発になってきているのが自覚できます。

二度と、あの高校までの受動的マインドな人生にはもどりたくないですね。

 

~~~~~~~~~~~~~~

このストーリーの最後に、人間の原理を追求した先の、ぼくの野望を述べます。

ぼくは、

人間の原理を追求することで1億年後にも通じる「生」の在り方を考え、
1億年後の人類がより良く生きるうえでの指針を提供したい。

そう考えています。

人類普遍の幸福を願って。

 

【最後に】

考え方
生き方
自分

この3つを知ることによって「生」の在り方を考える。
これによって「生」は能動的になります。

ぼくは今現在、さらなる能動的「生」を手に入れ、
そして「生」を活発化させることでより良い「生」を求めようと努力しています。

ただ、能動的「生」の最初のきっかけとなったのは、
間違いなく高校生のときの知人やクラスメートのおかげです。

ですがこれでは、能動的マインドを手にして人生を充実化させることが、
偶然になってしまっています。

ぼくは、あなたにはもちろんのこと、世界中の人々、さらには1億年後の人類にも、
能動的「生」をもとにより良い人生を生きてほしいのです。

偶然ではなく、確実に能動的「生」を実現する。
さらなる上をめざして「生」を活発化させ、人生の充実化。

これは、原理原則をベースにした「生」の在り方を考えることで、成しとげられるのです。

さあ、まずは、あなたです。あなたが、自らの手によって、人生をより良いものへとしていくのです。

 

メルマガ(LINE@)では、どうやって「生」の在り方を築いていくかなど、ブログでは書かないような具体的なことについて話します。

ぼくと一緒に、能動的「生」を手に入れ、「生」を活発化させて人生をより良いものにしませんか?

待ってます。

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P.S.

メルマガ(LINE@)に登録していただくと、今だけ約30,000字にもなる無料PDF『「好きなこと/やりたいこと」の見つけ方』をプレゼントしています。

これは、「自分」を知るための第一歩の教科書となります。

ぜひ、「生」の在り方を考えるための最初の一歩にしてください。

お役に立てれば、ぼくはうれしいです。

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