哲学を学ぶと、毎日が楽しくなる

哲学

哲学を学ぶと、毎日がたのしくなります。退屈しません。

哲学的な知識をもって、非日常な”世界”を自分で生み出すことができるのです。

いってみれば、毎日がディズニーランドになるようなものです。

 

哲学って、我々が目にしている、あるいは普段問うことがないアタリマエな世界をあーだのこーだのと考察することなのです。

「存在とは何か?」であったり、「友情とはなにか?」や「幸福とはなにか?」・「知覚することとは何か?」であったり。

 

そのようなことを考えて生み出された知識というのは、日常におもしろい視点をあたえてくれます。

というのも、ふだん問わない日常に起こっていることを、問うて考え出された知識です。

「おお〜?そんな考えあるんだ!」と、哲学的な知識を手にすることで日常におもしろみのある視点や考え方を導入できるので、日々がたのしくなります。

 

例を出してみます。

古代ギリシャの哲学者「アリストテレス」は四原因説という考え方をうみだしました。

以下の4つの考え方のことです。

・それは何の素材からできているのか(質料因)
・それは何であるのか(形相因)
・それは何によってつくられたのか(作用因)
・それは何の目的をもっているのか(目的因)

これだけではあまりピンと来ないとおもうので、「スマートフォン」を例にしてみると、

・スマートフォンは金属や樹脂などからできている(質料因)
・スマートフォンとしての特性をもっている(形相因)
・スマートフォンは、機械や人の手によってつくられる(作用因)
・スマートフォンは、人々にインターネットで検索やゲームなどで遊んでもらえるような目的をもっている(目的因)

という感じになります。

 

で、こうなってくると「じゃあ、イヤホンのなりたちを四原因説であてはめて考えるとどうなるんだろう?」とか、「動物のカエルを四原因説にもとづいて考えると?」など、日常のあらゆる事物が思考対象になり、面白くなってきます。

なにも考えずにいつも同じことをくりかえしていたら退屈です。

このように、哲学的な知識をもとにいろいろと考えてみましょう。

朝のゴミ出し、風呂掃除、仕事から帰ってきてからの料理。
同じことを毎日していたとしても、視点が変わるのでたのしくなります。

 

ぼくの場合は、哲学的な知識を手にしたら無意識にそれを用いて考えてしまっています。

そして、そうすることは、たのしいのです。

 

もう一個、哲学的な知識を。

哲学の分野『現象学』の言葉で「充実化」と「幻滅」という言葉があります。

ベランダで洗濯物を乾かしているとき「ピンポーン」と音がなる。「そういえば、昨日Amazonで紅茶を買っていたな」と思い出し、急いで手に持っていたハンガーと洗濯物をカゴにもどして1階まで降りる。そしてインターホンを見てみると、なんと、おばあちゃんであった・・・!

この、自分の予想とは違ったことがおきるという経験を得ることを「幻滅」と現象学では言うのです。

逆に、インターホンを見てじっさいに宅急便の人であったとき、つまり自分の予想と一致する経験が得られたとき、それを「充実化」というのです。

この用語を知っておくと、日常で自分なりに知識を活用して考えることができるようになるので、たのしいです。

予想したことがあたったとき「充実化したな」と考えることができます。「なんだ、ちがうのかよ・・・」とハズレたときは「幻滅だ」なーんて非日常的な考えをすることができます。

ちなみに、「充実」や「幻滅」が起こる前の、自分が予想したできごとのことを「志向」といいます。

という感じで、どんどん哲学的な知識をふやして日常に非日常的な考えを導入し、日々を思考でたのしみましょう!

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