『英米哲学入門』(読書日記2018/04/10)

今日読んだ本は、

  • 英米哲学入門(ちくま新書)

です。

今日読んだところで、気になっったところを取り上げます。

p.30-31

宇宙論を含むところの科学が、そしておそらく知の営み全般が、根本のところで、はて、なぜそうなのだろう、という疑問を完全に免れていない、言い方を変えれば、厳密には疑問いつも寒気するような仕方でしか世界のすがたは立ち現れてこない、ということなのだ。(中略)「世界はこうなっているの「である」という言い方は、依然として、どこか信仰的な側面を持ち続けている。たぶんね、だからこそ、科学の探究面白いんだろう。いつまでも、ぴしゃりと確定するに至らず、考察領域が無限に広がっていくからだ。

なるほどね。科学だって「前提」の上に成り立っているわけだから、その前提を「信じている」と考えれば、科学も「信じる・信じない」の世界になるわけだ。

そういえば、僕の数学科の知り合いが「数学の一般に知られている公理を疑っている数学者もいる」というようなことを聞いたことがある。こうなってくると、「真理」とは、どんな前提を信じるかによって、変わってくると考えたほうがよさそうだ。

ちなみに、「科学にはデータや証拠がある」という反論に対して、著者はこう解説している。

p.38

私が問題にしたのは、「証拠とかデータ」って何なのか、ということなんだ。その根底に、何か、内側を飛び出ていこうとする要素があるんじゃないか、そういう疑問なんだよ、言いたいことは。

もはや、データや証拠さえも疑わしい、ということなのだろう。ちなみに、著者いわく、こういうことを主題にしてしまうところが「哲学」とのこと。うん、哲学好きだ(笑)。「当たり前」とみんなが思い込んでいることを疑う、というところが好き。大好き。

 

では、また次回!