「実物」は本当にあるの?(読書日記2018/04/14)

今日から、極力朝に書いていこうと思います。

さて、昨日読んだ本は

  • 英米哲学入門(ちくま新書)
  • 幸福について(光文社古典新訳文庫)

前回は『幸福について』を解説してので、今回は『英米哲学入門』についてです。

以下、「面白い」とおもった箇所をあげてみます。

バークリに言わせると、世界のすがたというのはようするに観念のすがたにほかならない。食べ物だって着るものだって住む家だって、全部観念なんだ。私たちは、観念を食べて、観念を飲んでいる。私たちの前に現れているのは距離は空間も含めて観念のみだ、という捉え方だね。そして、
「観念が存在するとは、知覚されるということである」(Their esse is percipi)
(バークリ 一九八五、四四頁)
とキリリと宣言する。(中略)そもそも何かが「ある」、「存在する」というような、もっというのは、おしなべて「観念が知覚されているということ」なのであって、その範囲を超えた本物の対象などというものは不可能だし意味不明だ、という主張なんだ。バークリ自身、本物の対象がしばしばは「物質」と呼ばれるので、そんな物質など存在しないという自身の主張を「非物質論」(immaterialism)と読んでいる。

はっきり言って、こんなにも長々と引用するつもりではありませんでした。

簡単にいってしまうと、僕たちが知覚しているものは観念であって、本物ではない。つまり、認識している世界すべてが非物質(物体ではないもの)である、ということなのだろう。

では、学問「物理」とは、そういった人間に思い浮かぶもの―観念―を対象にした学問なのであって、世界の理を追究しようというものではないのだろう。世界は、存在しえないの、か。

 

では、また次回!