『視覚新論』の考え方~『英米哲学入門』(読書日記2018/04/12)

今日読んだ本は、

  • 英米哲学入門(ちくま新書)

です。最近、毎日ちょっとづつこの本を読んでいます。

今回読んだ箇所で「面白い!」とおもった箇所を挙げます。

『視覚新論』の主張は極めてシンプルだ。「光と色」からなる視覚観念と、「奥行き、大きさ、上下左右の位置」の情報からなる触覚観念とは、まったく異質で本来関連性を持たないが、習慣的に同時性は通じて結びついているので、互いに示唆し合うようになり、その結果、視覚観念においても触覚によるはずの情報がもたらされるようになる、(中略)

対象を触っていないけど、それを見ることによって、どういう触り心地なのかが分かる、ということなのだろう。たしかに、そのへんに落ちている石を見て、「ザラザラしてそうだな」ということは分かりそうだ。

また、本書には、このようなことが書いてあった。

いずれにせよ、はっきりしていることがある。それは、距離や奥行き、つまりは空間の観念を、バークリは明確に、触覚によって得られる観念であると明言している点だ。手を伸ばしたり、歩いたり、そういう身体を使った触覚観念によって空間は空間観念として立ち上がってくる、という考え方だ。

僕たちが認識している日常的な空間とは、じつは触覚によるものだ、ということなのだろう。

また、この考え方だと、宇宙空間のような、つかみどころのない空間は認識し得ない、ということにもなるのかな?まあたしかに、「宇宙を具体的に想像できるか?」と言われたら、すっご~くボンヤリとしか想像できないな、僕には。

ところで、昨日の日記にも書いた[「知覚の因果説」の問題]にからめて考えてみると、視覚情報だと「それは夢じゃないのか?」とか「それは観念であって、実物ではない」とかいう言い訳ができるかもしれないけど、触覚ならば視覚よりかは疑いようがないって感じだよね。もちろん、完全に疑えないことはないだろうけど。

そういえば、『触れることの科学』という本が積読だったな。近々、この本を読んで、また今回の内容を考えてみることにしよう。

 

では、また次回!