決めた進路にこだわるな!

捏造された夢へのこだわりを捨てると生きやすくなります。

ぼくは高校生の時、宇宙が好きという理由で「天文学者になる」なんていう夢を持っていました。

そこで、「宇宙を研究するなら旧帝大以上の大学に行ったほうが良いだろう」とおもったので浪人しました。

でも、浪人している時、感じたのです。自分が無理やりに「天文学者になりたい」という想いに固執していることに。

日経サイエンスで宇宙に関する記事を読んでいるとき、無理やりに「自分は宇宙がすきだ。宇宙を研究するのだ」と思い込ませていたのです。

これは、今だから分かります。ぼくは単に宇宙が好きで宇宙を学びたかっただけなのです。べつに、天文学者になりたいということではなく。

ということで、浪人してどこに行きたいとか無くなってしまったので、勉強のやる気喪失。けっきょく旧帝大に行けずに、地方に行くことに。

地方の大学では、宇宙を学ぼうとおもって図書館で宇宙に関する本をみてみるも、学ぶ気がしませんでした。ぼくは単に、宇宙が好きなだけで学術的な宇宙を学ぼうとおもえなかったのです。

いつのまにか、宇宙を学びたいという想いにも固執することはなく、大学構内にある本屋で本を買ってよみあさっていました。

偶然に、『脳の意識 機械の意識』という本を手にとることになりました。そこで、「脳のしくみっておもしろい!」「なんで、なんで物質から意識という概念が芽生えるのだ!?」というナゾに興味をもつことになりました。

それからというのは、「宇宙を研究したい」という想いはどこかに消えて、脳を研究しようと勉強をがんばっています。

大学生のときに、高校生のときに捏造した夢をすてられたのは本当によかったと想っています。捏造された夢に苦しむことは精神的苦痛です。

じつは、自分のつくった夢に苦しむというのは、東京大学の学生にも起こりうるそうです。

『東大教授が教える独学勉強法』という本にはこのようなことが書かれています。

私も、当初は公認会計士を目指していましたが、途中から大きく方向転換して学者に なりました。いろんな学生を見ていても、最初から目標を決めている人のほうが、むしろ窮屈になっています。例えば、大学に入ったときから公務員になろうと決めていて、大学生活を送るうちに考え方やまわりの環境が大きく変わったにもかかわらず、その目標に縛られている学生をときどき見かけます。もちろん、初志を貫徹することも素晴らしいのですが、とくに将来の見通しが不透明なときには、最初からすべてのことを完璧 に決めようとしないほうが、いいと思います

 

スタンフォード大学教育・心理学の教授であるクランボルツが書いた本『その幸運は偶然ではないんです!』にも、キャリアに確実性を求めるのは不可能であり、自分を苦しめるということが書かれています。

キャリアは予測できるものだという迷信に苦しむ人は少なくありません。”唯一無二の正しい仕事”を見つけなくてはならないと考え、それをあらかじめ知る術があるはずだと考えるから、先が見えないことへの不安にうちのめされてしまうのです。キャリアに確実性を求めたい気持ちい よくわかりますが、それは不可能なことです。そうしてもがく間に、自分自身を不幸にしてしま うのです。

 

カナダのナショナル・キャリア・サービスの元代表スチュワート・コンガー氏は、次のように言っています。「キャリアの目標を持つことの大切さが間違って受け止められているのではないだろうか。自分に最も合う唯一の職業を探すよりも、自分の仕事の幅を精一杯広げることのほうが大切だ」

 

いずれの本にも、自分が捏造した目標にしばられることなく、確率や環境によってキャリアを変動させたほうがいい、というようなことが書かれています。

ということで、ぼくも今のところは脳を研究できるような研究室に入ろうとがんばっていますが、なにか違うものに興味を持てばいつでも進路変更をするつもりでいます。

無理に進路に固執しないこと。そして、進路を柔軟に対応させること。それが、より良い生き方だとぼくはおもっています。